お知らせ

 

5月15日は???

5月15日は現在の本堂を建立した黙旨賢道首座の命日です。天保二年(1831)に亡くなられた和尚様です。

産女観音 本源自性尼 位牌産女観音 黙旨賢道 位牌と、云っても旧暦の話ですから、季節的にはもう少し後になります。
ところで、当時の産女観音は、正式な住職がおけない地位のお寺でした。
士農工商の封建制度の時代、お寺にも同じような制度があり、判りやすく云うと、本店と支店の関係で、黙旨賢道首座は支店長のような地位でした。
但し、かなりの面で自由に経営は出来ましたが、葬儀等の法要には本店の和尚様が来て執行するすると云う制約がありました。この制度は明治まで続きましたが、それまでの檀家さん達は産女観音と本店のお寺両方に付届・御布施をしていました。
檀家数が少ない(35軒ぐらいかな)産女観音が古くなった御堂を再建するには経済的にも無理で、当時の駿河国の人々に寄進を願う他に方法は無かったようで、本源自性尼と云う尼僧さんが托鉢をしながら先触れとして本堂建立願いを知らせ、その後、檀家さん達が手分けして国内をまわって浄財を集め今の本堂が建立されました。
産女観音 本堂建立・托鉢帳産女観音 本堂寄付帳 2産女観音 本堂寄付帳 1

支店長時代の記録は店長がいつ代わるか判らない為、すべて庄屋(檀家総代)さんの蔵に保存されたようで、当時の資料がつい最近、総代の蔵で見つかりお寺に里帰りし、尼僧様のことも知った次第です。
まもなく建立200年を迎え、お参りの方々の有難い浄財で毎年、毎年部分的しか出来ませんが補修修復工事をして一日でも永く維持出来るよう頑張っています。

 
 

初夏にむかって

産女観音 永平雪鴻 清風何色

毎年、五月人形を納戸にしまう時、扇風機を出して本堂の鴨居に取り付けます。
今年は新茶の摘み取りが一週間以上遅れ、産女は一昨日辺りから製茶工場の音と香りに包まれるました。
永平62世鉄肝雪鴻禅師書『清風何色』横一行を掛けました。
この四言は従容録第74則「法眼質名」の頌にあり、白雲無根に続く句です。
空に浮かぶ白雲は別に根が在るわけでもないし、今日の風は○●色なんて云うときもありますが別に風に色がついているわけでもありません。
説明のしようのできないもの、そのようなものを清風・・と云っている訳です。
玄関には蓮月尼の「くもとみし さくらハあともなつやまの 青葉にかをるかせのすすしさ」の和歌と苧環・都忘れ・梅花空木を活けてみました。
扇風機を出した途端、急に気温が上がり真夏の気候に体がついていけませんが、今年の夏はどうなるのでしょうか?
冬寒く、夏暑いのが寺の建物ですが、それでも夏用に出来ていて多少涼しいようです。
では、節電に心がけ夏をむかえましょう!
産女観音 玄関の花

 
 

床間の花 宝鐸草 射干 紫蘭

産女観音 床間産女観音 鐘楼堂宝鐸草(ほうちゃくそう) 射干(シャガ) 紫蘭(しらん)を飾りました。
宝鐸草は堂塔の軒先に下がっている宝鐸・風鐸に似ているのでこの名がついたそうです。
写真は産女観音鐘楼堂の軒四方に下がっている宝鐸です。
よく似てるでしょ!
ところで、紫蘭(しらん)には思い出話ががあります。
花に縁が無かった頃の私は、どんな花でも名前を尋ねられた時は
いつも『この花は蘭の一種で「しらん」別名を「わからん」といいます』
と答えていました。真面目な顔で話す私に、質問者は『なるほど』とうなずきましたが
直ぐ駄洒落と気がつき、大笑い。
しかし、本当に「しらん」『紫蘭』という名前の花があることを知り、
以後「わからん」とだけ答えています。
最近、写真のように紫蘭のなかに白色の花を見つけました。
紫蘭の変化したものでしょうか。ところで
この花なんて云うのかな??  『わからん』????

産女観音境内の紫蘭

 
 

五月人形

産女観音 五月人形五月人形を飾りました。
私の時は天神様を飾ったそうですが、結婚して長男が生まれると義父がとても喜び、誕生して直ぐに写真の人形を届けてくれました。
あれからもう二十年。今では子供も大学生となり、主のいない人形を飾りながら、
いつまで飾れば良いのかなー?なんて自問しています。

産女観音 崇山少林寺 志覚法師人形に合わせて床の掛軸は
『三級浪高魚化龍』中国の登竜門の故事を詠んだ句で、
筆者は中国河南省崇山少林寺(少林寺拳法で有名な寺です)の志覚法師です。

玄関には三島市の龍沢寺に住職された、中川宗淵老師(密多窟と号す)の
『若葉風 ふくたび峰の 光かな』の句を掛けてみました。

もうまもなく五月。
産女の山々は緑の絨毯が敷かれ、新茶の匂いに包まれます。

 
 

牡丹が咲きました

産女の牡丹牡丹が咲きました

毎年正月に咲く牡丹を島根県から求め、

花がおわると山に植えて増やしています。

産女観音 床の間の牡丹早速、床の間に飾ってみました。

一口吸尽西江水    一口(く)に吸尽(きゅうじん)す 西江(せいこう)の水

洛陽牡丹新吐蘂    洛陽の牡丹 新(あら)たに蘂(ずい)を吐く

とありますが、裏山の手入れ作務の休憩で、花を眺め、眼下に広がる藁科川を見下ろした時、

一口吸尽藁科水    産女牡丹新吐蘂     そんな心境になります。

産女山からの風景

 
 

熊谷草が咲きました。

産女観音内庭の熊谷草10年以上前、檀家さんが産女の山から寺の内庭に移植しました熊谷草が今年も咲きました。
熊谷草は日本の野生ランとしては 最大の大きさで、レッドデータブックの絶滅危急種だそうです。
植えた当初は葉のみでしたが、3年前からたった一輪ですが花をつけるようになりました。
熊谷草は土壌が肥えていないとダメと云う話を聴き、これでもかという位に肥料を与えました。
結果は

花が二輪、葉が3枝、なんと以前の二倍になりました。産女観音の熊谷草

『地肥茄子大』 地(ち)肥えて茄子(なす)大(だい)なり という禅語がありますが
肥えた農地のナスは大きくなる、実にそのとうりでした。
もっとも、本来の意味は優れた師匠の下で修行した弟子は立派な禅僧になると云うことです。
跡継ぎを育てている私には耳の痛い言葉です。

 
 

4月8日は花祭。 命の不思議にびっくり。

4月8日は花祭。お釈迦さまの誕生日です。
様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作って、その中に灌仏桶を置き、甘茶を満たし、誕生仏の像をその中央に安置し、柄杓で像に甘茶をかけて祝います。
甘茶をかけるのは、釈迦の誕生時、産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来しているそうです。
当山でも本堂の正面にお祭りして御誕生を御祝いします。
是非、お参り頂き、甘茶を味わってみて下さい。

産女観音 弘支堂 供花産女観音 弘支堂花といえば毎年暮れに餅花(正月にヌルデ・エノキ・ヤナギなどの木に小さく 切った餅や団子をさして飾るもの)を頂き、弘支堂に飾っていますが、3カ月経って芽ぶきました。
その生命力の強さと、命の不思議にびっくり。
一休禅師の和歌を思い出しました。

        としごとに さくや吉野のさくら花 樹をわりてみよ 花のありかを

 
 

HPオープンにあたって 縁無ければ力(つと)めよ!

今日は『大安・戌の日』 縁起を担ぎ、新しくなったHPを本日オープン致しました。
縁起とか縁は日常よく使いますが、
曹洞宗の和尚様 大智禅師様(1290~1366) の偈頌(詩集) の因事「事に因る」三首のなかの一つに

有縁即住無縁去 縁有ればすなわち住し、縁無ければ去る
一任清風送白雲 清風の白雲を送るに一任す

「行雲流水」雲は風のふく方向に自然と流れていくという禅宗和尚の境涯を示した句があります。

写真は沢木老師の揮毫された画賛です。
しかし、永平寺73世熊沢泰禅(昭和43年遷化・世寿96歳)禅師様は
新任地への餞の言葉で「縁無ければ去る」ではダメだ。「縁無ければ力(つと)めよ」と示されました。
嫌なことがあると途中で止めてしまい、縁が無かったから・・・という性格の私。
頭のなかで解っているだけではどうしようもありません。

縁無ければ去ることの雲泥の差を知らされました。

4月は入学・就職・転勤・・・・・新たなスタートの月です。
新天地へ出発する人、残る人共に「縁無ければ力(つと)めよ」の言葉を共にかみしめましょう。

 
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