12月8日 成道会

2月8日は成道会(じょうどうえ)
苦行によって『生老病死』の苦悩は解決しないと解った「お釈迦様」は苦行林=山を出られ、菩提樹のもとで静かに坐禅を組まれました。そしてついに真理に目覚められたと伝えられています。
このことに因み、寺では12月に入ると床に写真の出山釈迦図を掛ます。
この掛軸の話をしたときにある方からこんな質問がありました。
「出山(しゅっさん)の釈迦と云いますが、お釈迦さんは男性ではなかったですか?それとも産女観音は安産の札所と云うことで特別な軸が伝わっているのですか・・・・?」
どうもその方は出山(しゅっさん)を出産と勘違いしていたようで・・・・・。

 

面白い顔で漫画的なこの軸の作者は江戸後期、東京の豪徳寺から彦根の清凉寺(共に井伊家の菩提寺です)に住職された寂潭俊龍[じゃくたん しゅんりゅう]和尚で独尊道人と号しました。

誰謂世尊浄法身
見来偏體着埃塵
豈懐昔日諭城日
箇為凡夫毛道人
    豪徳独尊道人焚香写

誰か謂ふ世尊浄法身と
偏體を見来れば 埃塵を着く
豈に懐わんや 昔日  城を諭するの日
箇  凡夫 毛道人 為り

と読んでいます。
お釈迦様が菩提樹の下で目覚められたことを悟と云い、様々な和尚様がそれぞれに目覚められた悟りについてを言葉で書き表して説明しています。たとえば道元禅師様は眼は横に鼻は縦になっていることが解ったと述べています。
ですが、悟ったからといってその人が別人・超人・超能力者になるわけではありません。
私達は文字を見たり聞いたりして、頭でそれを理解しています。悟りとは頭では無く、からだ全体でわかること、体が理解することだと云います。
例えば初めて食べる料理の味はいくら言葉・文字で説明しても正確な味は伝わらず、食べて初めてその味が解ると云うことでしょうか?
悟りという料理がどんなものかも知らない、ましてその味について解る訳もない私が成道会にあたり駄文をつらねました。乞お許しを。                                     
花は西王母の白の椿と土佐水木を添えてみました。

 
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