初夏の風景

夜明けが日一日と早くなり境内のお堂を開けに行く時にはもう明るくなっている。
この時期、雨が上がると草木の緑が一層鮮やかになり野鳥が一斉に囀り始める。

何をしゃべっているか解るといいなと思ったりするが、鳴き声は鳴き声として聞くのがいい。
なまじ解ると興ざめすることもあろう。
産女観音 初夏の境内 1

ほととぎす(杜鵑)の声も聞こえる。
法事の供養の言葉(法語)に
『人生は無常にして往時は悠(ゆう)たり、又 逝水(せいすい)の如く去って留め難し
 杜鵑喚び覚ます邯鄲(かんたん)の夢、頭を回(めぐ)らせば暁巒(ぎょうらん)に残月浮かぶ』
とあるが、西の空に月が残るこの季節の風景を詠んだ詩を思い起こす。
邯鄲は中国の昔の都市の名前。盧生(ろせい)という青年が邯鄲の旅館で、道士の枕を借りて寝ているうちに、栄枯盛衰の50年の夢をみたが、目が覚めてみると、それは粟飯がまだ炊きあがらない程の短い時間であったという故事で、人間の盛衰のはかなさをたとえたものという。
私はこのたとえを、邯鄲は今でいえば新宿・池袋のような歓楽街で、ひとときの快楽にふける人をいさめる言葉だと教えられた記憶がある。
酒に酔い一時の夢に酔いしれる。ずっと酔いしれていたいが、やがて朝になると二日酔いの苦しさと、又やってしまったと後悔の念にかられるのである。
各会の会合・総会が多くなる時期、寝不足ぎみでフラフラしてお堂を開けに行く私の頭に、
『邯鄲の夢・邯鄲の夢』とホトトギスが厳しく諫めているような気がする。

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